夜のお話し

「夜のお話」

 

真っ黒なこずえがさわさわとゆれているすき間から、星の明かりがきらめいている。

イノシシ親子の歩く、ざわざわとした枯れ葉の音が聞こえ、ときおり、かん高い野鳥の

鳴き声がする。

赤城の山の家に遊びに来た子供たちは、いつもは、ベッドに横になると、すぐにすやすや

とねいきを立てるのに、今日は、ねつかれないのか、「何かお話して」とたのまれる。

 

ふみ君は今４さい、はなちゃんは６さい、小学１年生だね。

ふみ君が、８歳になったときには、サッカーや合気道にも通いなれて、

おうちの中でボール遊びしてはダメだよと、ばーちゃんにしかられる。

ふみ君は、それでもばーちゃんにかくれてボールをけって遊んでいる。

クラブでは、まだまだ正選手になれないけれど、ボールを追いかけて、日に日に上手に

なっていく。がんばれふみやーと、ママはいつもおうえんだ。

合気道も、はしゃぐために通うのではなく、けいこに通うようになったね。

　　　　　　　　　　　　　　（ふみやはうれしそうな顔をして、聞き耳を立てている）

はなちゃんは、学校ではいつも一番をめざして、てつぼうも、マラソンもがんばっているよ。

この前など、となりのせきの男の子が、はなちゃんにいじわるしたら、

そんなことしたらよくないよと、注意したね。

男の子が、ヘンと言っても気にしなかったね。

ちょっとおこりんぼうだけど、１０才になったら、がまんするようになったね。

すごいね。

バレエも３回目のはっぴょうかいが終わり、見ちがえるように上手になっていたよ。

トーシューズもうまくはけて、つま先立ちなんてへっちゃらだね。

回転も、ステップも、パパヅー、だっけ、ママヅーだっけそれとも、ジーチャンヅーだっけ、じょうずになったね、

　　　　　　　　

ふみ君は、２０才になったら、じいちゃんをあわ島に連れて行ってくれるの？

そうだよ。

僕が車をうんてんして、こうそく道路に乗って、とちゅうサービスエリアで朝ご飯食べて、いわふね港から、船に乗って連れて行ってあげるよ。

本当かいふみ君？

本当だよ。船からイルカが泳いでいるのが見えるかもしれないよ。

ぼくが、３さいの時、海を見るのがこわかったけれど、船のすぐそばできょうそうしているイルカが一匹ジャパーン、ジャパーンと泳いでいたよ。

その時じいちゃんは、日本はイルカが多くいるので、その泳ぐ音でジャパンと呼ばれるようになったと言っていたよ。

おじいちゃんは昔からいいかげんなことを言っていたね、変わらないね。

そうかい、じいちゃんはそんなこと言っていたかい。

それから、あわ島でタイを釣らせてあげるよ。

ふみ君、そんなにかんたんに言うものじゃあないよ。

タイがそんなにうまく釣れるものじゃあないよ。

じいちゃんは、まーまーの釣り師だったけど、タイがいるところまで行かないと釣れないんだよ。おきのいそまで連れて行ってくれなくちゃあ。

わかったよ。

いそまで船で連れて行ってあげるよ。

歩けないじいちゃんをどういう方法で連れて行くんだい。

お姉ちゃんも一緒に行くから、二人でかかえて連れて行ってあげるよ。

そうかい。それなら安心だ。

しかけのじゅんびをして、エサをつけてすう回当たりを待っていると、

うわー、うわー、タイがかかった。海の中で頭をふっているからそれでタイと分かるんだ。

どうしよう。足元はいわばでごつごつしているから、じいちゃんは立てないよ。

僕がさおを持ってあげるよ。

青い海の中の岩の上の魚釣り。まわりじゅう海と空。

お姉ちゃんが、玉あみでタイをすくうから。じいちゃんにがさないでね。

わかったよ。じょうずにリールをそうさするから、玉あみ海に入れるのは待ってね。

そーれ、そーれ、タイが近寄ってきた。

今だ、玉あみをタイの頭のところに持って行くんだよ。

けっして、しっぽの方に持って行ってはいけないよ。にげられるからね。

そーれ、今入れろ。

入ったよ、大きなタイだよ。５０センチはあるね。それとももっとあるかねー。

目のまわりが青く、星のような青い点がたくさん赤色の体色の中光っているだろ。

背びれも、むなひれも立っていて、すごくかっこいいだろ。

これだから、タイ釣りはやめられないんだよ。

血沸き胸躍る（ちわきにくおどる）んだよ。

海からのおくり物だよ。

ふみ君。はなちゃんありがとうね。

あわ島の夏の海は、まったいらで、波ひとつなく、青々とかがやいている。

遠くのにゅうどう雲には気を付けないといけないが、

海の雷は、ずいぶん向こうで鳴っていると思っても、すぐさま、近くに来るんだよ。

そのとき、竿を持っていると、竿にめがけて雷が落ちてくるから、

急に来たら、竿はホッテおいてにげなければだめだよ。

今見えるにゅうどう雲は、北へ向かっているからだいじょうぶだけれど・・・。

青い海の中には、かず知れない魚や、貝やら、生き物がいるよ。

アジがすいすい泳ぎ、ふぐはふくれっ面して、グレは青く、べらは虹色だよ。

海面はぺちゃぺちゃ小声で話し、水平線は、どんなもんだいといばっているよ。

ここにこうして、いつまでも居たいね。

海を見て、海の香りをかいで、海風に包まれて、

全身が、青い海と、どこまでもすき通ったあおい空にただよっているようだね。

はなちゃんもありがとうね。

 

はなちゃんは、今22才だね。

いつもどこかに行っているけれど、何をしているんだい？

私はね、おじいちゃん、今ヨーロッパにいるんですよ。

そこで何をしているんだい？

いろいろ勉強したり、お手伝いしたり、体を動かして飛びはねたりいつも忙しいの。

それは、すごいねー。

人生いつまでも勉強だねー。

今度は、おじいちゃんとあわ島で魚釣りするので帰ってきました。

小さい時から、あわ島にはよく連れてきてくれましたね。

そうだよ、はなちゃんが一才の時から、年に数回ずつ来ているよ。

ラブラドールのアルちゃんとびっこの銀ちゃんも来たし、バーニーズのノンちゃんとも来たんだよ。

港でかいすいよくすると、子供たちも、ワンちゃんも大よろこびで、つれてきてうれしかったよ。

何度も何度も、海にとびこみ、また上がり、またとびこむ。

一日中海で遊んでいたよ。

はなちゃんは、おなかがいたくなったり、足じゅうぶよに咬まれてはれ上がったり、海の

中でけがをしたり、いろいろあったけれど、おじいちゃんとよく来てくれましたね。

私も、あわ島に来るのが楽しみでした。

ふみ君とはなちゃんといっしょに海に来るのが一番うれしかったよ。

こんなに、幸せなことはなかったよ。

おじいちゃんは、はなちゃんが22才になるまで、がんばったかいがあったよ。

今日は、かみの毛を昔のようにポニーテールにして、

青い色の水玉のワンピースだね。

水玉が、海の中のようだし、空を飛んでいるようだし、きれいだね。

す足に、白い皮のサンダルはきだ。

せの高さは何センチになったのだね。

1メートル65センチです。

小さい時から頭が小さくて、お顔は、こまっしゃれていたよ。

ほれあの、青木さんが、世界一美しいと言っていたでしょ。

オーバーだけど、青木さんは本当にそう思っていたんだよ。

6才の時、お山のお家で、バレーをおどってくれたけれど、青木さんもおじいちゃんも、な

んて美しいんだろうと見ていたんだよ。

それから16年たったんだねー。

おじいちゃんは，もうろくして色々なことが分からなくなったけれど、ふみ君は大学でむ

ずかしい勉強しているようだし、はなちゃんは大学から外国に行ってしまったようだし、

何はともあれ、二人ともすこやかでうれしいよ。

 

二人とも、目をキラキラさせて聞いていたが、そのうち、目を閉じて眠ってしまった。

そうぞうする未来は、そうぞうしない未来よりじつげんが高まる。

こどもたちには、子供たちの未来がある。

僕には、僕のささやかな未来が想像できる。

 

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　近藤蔵人