2016年12月11日日曜日

花のことば(5)



 はなが3年生、ふみやが1年生、徐々にいっしょに散歩することも、会話する機会も少なくなっている。出来るだけ上目目線で話さないようにして、おじいちゃんバカでしょと言われるぐらいの位置でいようと心しているが、子供たちには普通になってきたのだろう。
 なめられでもしないと、子供たちは心を開いてくれない。だじゃれすることと、かまうことに、またーと知らんぷりする。一緒に生活している熊のような犬、のんだけが親密すぎる愛撫を求めてすりよる。
 1年生のふみやは、架空の敵と戦い続けているが、3年生のはなには、いったいどういう未来が待ち受けているのだろう。


 お山に来ると楽しいことがたくさんあるよと、はなたちをさそうと「おじいちゃん、幸運を想像していると、そうでないことが多いから、あんまり幸運を考えないほうがいいよ」と言う。なんということ。

 保育園の時、ピンクのB4の紙に音符を書き綴り、ゆめをおいかけて・・・・、さいごに、「あいのひとつぶ」とタイトルがある。
 音符も読めないのに、四分音符だとか、全音符を書きつけて、そう言えば、ピアノで、今日の気持ちだとか、お星さまの歌だとか、気持ちよさそうに弾いていたから、かの音符も、はなには想像した音が流れていたのかもしれない。
 3年生の初めには、作詞した曲を弾いて、先生に譜面に残してもらっていたので、おじいちゃんにも聞かせてとせがむと、今はクラシックの曲を作りたいのと言う。

 「サンタさんは自転車は大きすぎてプレゼントできないと思うよ」と、じいちゃん「それに、サンタさん自転車作れないだろうし、どこかから泥棒してもってくるわけ?」と問うと「サンタさんは、魔法使いの一種だから、プレゼントは分身させて持ってくるんだよ」「分身て?」と聞くと、「コピーして、瞬間移動させるんだよ」「じゃあ、煙突からプレゼント持って入ってくるわけではないの?」「昔はね」と答える。
 これは最強の考え方だと思う。お父さんが夜中、枕元にプレゼントを置いているところを見つけても、サンタさんが忙しいので、お父さんに魔法をかけたんだと考えるだろう。だから、サンタの存在の有無ではなくて、魔法使いは本当は、いないんだと思うまで、サンタさんは、無償の贈与を続けなければならない。何かをしてあげたり、助けたり、あげたりと大切な贈与の経験だからいつまで続いてもいいんだけどね。

 2年生の時「いいことはつづかないよ、わるいこともつづかないよ。いつもおんなじことがつづくとはかぎらないよ。いつもいろいろなことがおきる。それがまいにちなんだね!」とママとの交換日記に書いている。愛憎はなはだしい母娘の確執を見て、ママにそれを言いたかったのだろう。

 3年の春「おじいちゃん、夏休み奈良に連れて行って」と急に言う。奈良で何するのと問うと「お仏像を見て、鹿に会うの」と決めている。ばあちゃんが、ネットで旅館を検索して興福寺の近くの旅館に決め、車の中で「花ちゃん、どうして奈良に行きたくなったのと問うと「私、怒りんぼうだから、仏像の優しいお顔を見て、私もやさしくなりたいの」と言った。おじいちゃんは絶句するしかなかった。
 9時間かけて室生寺に着き、雨の中美しい5重の塔に出会い、ふみやもはなも真剣な面持ちで12神将の説明を聞いていた。
 長谷寺は階段の数がすごくて、入り口で杖をかりて這い登るように歩いたが、子供たちはすこぶる元気、お100度参りされているご夫婦を見、5メートルもある人々を救われるといわれる観音様にみんなで手を合わせた。こもりくの長谷寺と言われるが、真夏だと木々が華々しく色づきそんな感じがしなかった。
 はなは、京都は混雑しているけど奈良は静かだからいいの、と、確かに、一日目はうっそうとした森の中、観光客も少なく、いい一日だった。
 二日目は真夏日、東大寺をはじめに、境内を歩いて法華堂、正倉院、戒壇寺と回り、法華堂の日光、月光菩薩がミュージアムにあると言うので、東大寺山門前にたちより、春日神社近くのカレーやさんで昼食となった。
 法華堂の後、体中汗まみれとなり、目の前のカキ氷の看板に飛び込んだ。花ちゃんに宇治金時がいいよと教えても、大好きな抹茶のカキ氷だとは思わず、レモンを頼んで、食べ始めてじいちゃんが頼んだ宇治と交換する。宇治って抹茶だと知らなかったとはなの弁。
 春日神社では、「鹿島神社から白鹿に乗って神様がきたんだよ」と、はなの説明を受け、「一時は殺されかけた鹿が、大切にしようと決まって、だから、奈良にはシカがこんなにいるんだよ」という。
 参道にある石灯篭の下に鹿の彫り物をはなが見つけ出して、記念写真を撮った。その後、新薬師寺、興福寺、ばあちゃんも僕もグロッキー寸前、子供たちが鹿と遊んでいい?と聞くので、僕たちはベンチに座って休憩きゅけい。
 ついにこの旅行で法隆寺に行けなくなり、翌年また来ようねと、はなの机の前に貼っている「おぼんやすみは奈良りょこう」の張り紙は、はがさずそのままになっている。来年はママもこれるねと約束する。

 七夕の笹にかける願い事
 「自しんを持って世界でおどれるえいこくロイヤルバレエだんのプリンシパルになりたい」
 この子は、一歳になるかならない時、床に座った体制から、「うをー」と続けざまにうなり声をあげ、腰をうかせ、独り立ちした子だ。意志して立とうと一人決め、それを実行した。まだ赤ちゃんと言われる年頃で。
 部屋には幸里おじちゃんが神戸から来ていて、みんなでわいわい騒いでいた。その横で、一人立とうと決心して、オオカミのようなうなり声をあげ、一歳で一人実行した子だ。
 みな声に驚いて、唖然と見ていた。はなはいっぽ歩いてしりもちをついたが、その時のはなの顔がどうだったか思い出せない。自分でも驚いて泣き声をあげたか、じしんにあふれた顔だったかわからない。3年生の時そのこと覚えてると聞くと、「覚えてる。何回やってもうまくいかないので、こんちくしょーと思って立ったんだよ」と言った。
 週に4回バレエに通い「つけねがひっこんでいる」と先生に注意されて、基本の練習したいから練習日を増やしたいと週に5回の練習をすることになった。はなは意志を持って生まれてきたのだろう。

 「花のことば」は、書きつけるたびに、はなに見せていた。
 学校の送り迎えの車の中で渡すと、広げて読み始める。気が利かなくて習っていない漢字もはいっている。これどう読むのと聞かれるが、おじいちゃんも一緒にその紙の文字を読む。僕が書いた文章を僕が読むのだから僕のほうが早く読めて当たり前だけれど、僕が半分ほど読むと、はなはもう読み終わって次のページをめくりはじめる。みんな読んだのと聞くと、おもしろいからまた見せてねと言う。
 休み時間には、図書館の本を読んでいるようだが、おじいちゃん年間に100冊は本を読んでいるよというと、はなちゃんは365冊は読んでいると言う。速読できるのは、どんな頭の回転なんだろう。

 フミヤが32点のテストを、みんなには言わないでねとママに言ったそうだ。夕飯時、暴露されて、ばあちゃんに今日から漢字の練習しなさいと言われ、ママは、わかったのフミヤと念をおす。じいちゃんは、1年生だから、そんなにしなくていいよと、小学生は、子供のままでいいんだよと小声で言う。
 フミヤは、ばあちゃんの具合が悪いとき 「おばあちゃん大丈夫」と心配そうに言える子だ。ばあちゃんは、ふみやは優しい子だとほめていた。それだけで十分だ。それ以上の望むことはない、と、またまた小声で言うと、はなが聞きつけて「ふみやは、じょうずなんだよ」と言った。
 皆にしかられて、苦虫をかみつぶした顔をしていたふみやが、急にキッチンに行き、じいちゃんがいつも薬を飲むお水を汲んでおくれということを思い出したのか、氷入りのお水を汲んでくれた。皆どうしたのと怪訝な顔をしていると、はなが「おじいちゃんだけ、点数のこと言わなかったから、いれたんじゃないの」と、言った。
 ふみやは、おじいちゃんが「怒られてやんの」とかまうと、ぷんとして近寄り、ぼくのおなかに一撃をいれる。その時僕は、おなかを前に差し出して、殴られる準備をするのだ。まだ、それほどいたくない。そうすると、今度は、足蹴りをいれられる。いつまで我慢できるかなーとも思うが、ふみやはそれで気がすんで怒りがおさまる。

 2年の晩秋、いつものようにお山に泊まって、翌日クヌギの森の中の朝の散歩のとき、僕がへたくそ俳句を言うと、はなは「あかいろきいろ こうようながめる 秋の朝」と間髪入れず歌う。え!俳句習ったのと聞くと、「松尾芭蕉も習ったよ」という。それから、50音俳句ができるまで、2週間だった。
 「秋の歌」はそうして出来上がったが、3年生の今は、和歌を習っているらしく、空で歌い始めた。猿丸太夫は「おくやまに 紅葉ふみわけなく鹿の 声きく時ぞ 秋は悲しき」おじいちゃん知ってると聞くが、僕は知らない。藤原敏行は「秋きぬと 目にはさやかに 見えねども 風の音にぞ おどろかれめる」というんだよ。
 良寛はじいちゃん好きでしょと問うので、良寛なら知っているよというと「虫の音も のこりすくなくなりにけり よなよな風のさむくしなれば」知ってる?。知らない。万葉集を読み、良寛は大好きだから何冊も読んだが、和歌は、ぜんぜん覚えられない。何度も挑戦したが、僕には無理だった。
 だけど花ちゃん、この歌はじいちゃんの今の山の生活の歌だよ。さびしい夜、鹿は悲しそうにピーと泣いているし、風が急にごーと吹き、木がゆれて驚くことがある。良寛さんが歌うように、10月ぐらいだとだんだん虫の声が少なくなって、冷たい風が吹いてくる。この歌を味わうには、山に泊まりに来ないといけないねー。

最後にじいちゃんの句、
「あめつちも こころしてまつ 寒空を それもまたよし 山小家の朝」     

「ひとりねの むなしき落ち葉 のんがおり はながおり ふみやおる」










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